戦国グッズ

藤堂高虎マグカップ
藤堂高虎マグカップ 藤堂高虎マグカップ

藤堂高虎マグカップ

藤堂高虎マグカップ

品番: 013
サイズ: 12.0cm×8.3cm×h7.5cm
重量: 260g
容量: 260cc
価格: 1,200円(税込)

商品のご注文について

商品のご注文は、メールまたは電話(0749-22-0071)にてお願いいたします。› 詳しくはこちら

toudou.jpg 藤堂 高虎1556-1630(とうどう たかとら)は、戦国時代から安土桃山時代、江戸時代前期にかけての武将・大名。伊予今治藩主。後に伊勢津藩の初代藩主となる。藤堂家宗家初代。

何度も主君を変えた戦国武将として知られる。それは彼自身の「武士たるもの七度主君を変えねば武士とは言えぬ」という発言に表れている。

築城技術に長け、宇和島城・今治城・篠山城・津城・伊賀上野城・膳所城などを築城した。高虎の築城は石垣を高く積み上げることと堀の設計に特徴があり、同じ築城の名手でも石垣の反りを重視する加藤清正と対比される。

慶長3年(1598年)8月、秀吉死去直前より、徳川家康に急接近する。そして豊臣氏の家臣団が武断派、文治派に分裂すると、高虎は武断派の諸将に先んじて徳川家康側に与した。

慶長5年(1600年)、上杉景勝が家康に対して挙兵すると、家康による会津征伐に軍勢を率いて従軍する。そして石田三成ら西軍が挙兵すると、高虎は家康の東軍に従って織田秀信が守る岐阜城攻めに参戦し、9月15日の関ヶ原本戦にも参加、大谷吉継隊と死闘を演じた。戦後、脇坂安治、小川祐忠、朽木元綱、赤座直保らの調略にも貢献したことにより家康から伊予今治20万石に加増移封されている。