戦国グッズ

上杉景勝マグカップ
上杉景勝マグカップ 上杉景勝マグカップ

上杉景勝マグカップ

品番: 022
サイズ: 12.0cm×8.3cm×h7.5cm
重量: 260g
容量: 260cc
価格: 1,200円(税込)

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uesugi-kagekatu.jpg 上杉 景勝(うえすぎ かげかつ(長尾 顕景(ながお あきかげ)または長尾 景勝(ながお かげかつ))は戦国時代から江戸時代にかけての武将。戦国大名。豊臣政権の
五大老の一人。出羽米沢藩初代藩主。長尾上杉家(米沢上杉家)二代で、上杉宗家(重房を初代として)十七代目。

本姓は平氏後に藤原氏、豊臣氏を経て藤原氏となる。家系は桓武平氏の血をひく長尾氏の生まれで、叔父 上杉謙信の養子となり上杉氏となる。2

●経歴
※日付は大正記述以外は、旧暦

弘治元年(1555年)11月27日生、幼名:卯松。のち長じて喜平次顕景と称す。

永禄7年(1564年、実父・長尾政景溺死ののち、上杉謙信の養子となる。

天正3年(1575年)1月11日、元服し、養父上杉謙信より諱を景勝と改名させ、弾正少弼の官職を官途書出。謙信が称していた弾正少弼の官職を継承することによって、上杉家の家督後継者に浮上する。

天正6年(1578年)~同7年(1579年)、御館の乱。上杉謙信養子である上杉景虎と戦い、上杉家の家督を相続。

天正14年(1586年)6月22日、上洛により、豊臣秀吉と接見。従四位下に叙せられ、左近衛権少将に任官。これにより、秀吉から景勝宛の書状の宛先が「上杉殿」から「上杉とのへ」と書式が変わり、秀吉の家臣的立場となる。

天正16年(1588年)5月26日、上洛し、従三位に昇叙し、参議に補任。清華家の家格に列す。[要出典]

天正17年(1589年)9月28日段階で近衛中将を兼帯している。(羽柴の名字と豊臣の姓を与えられ羽柴越後宰相中将と称される。←米沢市上杉博物館所蔵「豊臣秀吉直書」より)

文禄3年(1594年)10月28日、上洛し、豊臣景勝として、権中納言に転任。

文禄4年(1595年)8月3日、公家武家の法度を徳川家康、前田利家、宇喜多秀家、毛利輝元、小早川隆景とともに連署し、制定。豊家の重要施策において、加判する立場となる。

慶長2年(1597年)6月以降、小早川隆景の薨去に伴い、豊家五大老入り。

慶長3年(1598年)1月10日、豊臣秀吉から陸奥国会津へ移封(120万石)の命が下る。従前、羽柴越後中納言と称され、以後、会津中納言と称される。4月18日、権中納言辞任。

慶長5年(1601年)8月16日、徳川家康より出羽国米沢(30万石)への移封の命が下る。