戦国グッズ

後藤又兵衛マグカップ
後藤又兵衛マグカップ 後藤又兵衛マグカップ

後藤又兵衛マグカップ

品番: 031
サイズ: 12.0cm×8.3cm×h7.5cm
重量: 260g
容量: 260cc
価格: 1,200円(税込)

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gotou2.jpg 後藤 基次(ごとう もとつぐ)は、安土桃山時代から江戸時代初期の武将。黒田孝高(如水)・豊臣秀頼の家臣。通称は又兵衞(またべえ、後藤又兵衛として有名)。

播磨別所氏家臣・後藤基国(後藤氏当主)の次男として生まれた。幼少の頃、父を亡くしたことから、父の友人であった黒田如水(孝高)に引き取られた。如水に家臣として仕え、数多くの軍功を挙げ、「黒田二十四騎」や「黒田八虎」の一人に数えられた。しかし、如水が荒木村重によって幽閉された際に、叔父基信がその子の基徳・基長兄弟(又兵衛のいとこ)とともに村重方に属したために、又兵衛は一族の謀反に連座したと見なされる破目となり、黒田家中からの退去を余儀なくされ、仙石秀久に仕えた。

後に罪を許されて、再び黒田氏の家臣として仕え、領地替えを巡って徹底抗戦を行った城井氏との戦い、1592年(文禄元年)から始まる朝鮮出兵や1600年(慶長5年)関ケ原の戦いなどに従軍、朝鮮出兵の第二次晋州城攻防戦では亀甲車なる装甲車を作って城壁を突き崩し加藤清正配下の森本儀太夫一久らと一番乗りを競った。関ヶ原の戦いでは石田三成家臣の剛槍使い、大橋掃部を一騎討ちで破るなどの武功を挙げ、戦後大隈城16,000石の所領を与えられた。

しかし如水の子・黒田長政とは非常に折り合いが悪く、その確執から如水の死後、又兵衛は一家揃って黒田家を出奔した。しかもこの時、長政は又兵衛に対して奉公構という措置を取ったため、又兵衛の智勇を惜しんで全国の大名(細川忠興・福島正則・前田利長・結城秀康など)から召し出しがかかったにも関わらず、いつも長政に仕官を邪魔され、家族とともに長い浪人生活を余儀なくされ乞食の身に零落するほど生活が逼迫したという。